やっぱり食事と運動って大事よね。
転生前の世界で運動部だった私は、その辺の知識を生かして筋肉が全然ついていないクラウディア先生の肉体改造に踏み切ったのだった。
クラウディア先生の体はとても女性的で魅力的だけれど、私には少し動きにくい。 胸も大きいので布を巻いてあまり揺れないように固定してみた。この状態で運動してみたところ、とっても動きやすい!
学校の先生って肉体労働も多いだろうから、この状態で出勤しよう、そうしよう。このスタイルなら変に周りを誘惑する事もない……と思うし、あの堅物の王太子殿下も話しやすくなるんじゃないかな、なんて。
これから色々とお世話になりそうだから、悪印象は避けたいものね。
クラウディア先生は公爵家の令嬢でもあるから女性的なのは素敵な事なのだろうけど、その魅惑のボディで男性を誘惑していくキャラクターなものだから、殿下にはふしだら認定されている。
先生自体は全く男性と遊んでいた記憶もないし、勝手に言い寄られていただけなのに傍から見たら誘惑しているように見えるのね。
彼女自身も高慢な性格を演じていた事も相まって、男性がクラウディア先生につかまっているような構図が出来上がってしまっていた。 婚約者がいないのは好都合だけれど、皆に嫌われるのは避けたい。 何より何も悪くないクラウディア先生がなぜ孤独にならなければならないのか、釈然としないもの。自分の中では極力周りを誘惑しないように服装に万全を期して出勤の準備を済ませ、馬車に乗り込んで魔法学園に向かったのだった。
魔法学園に出勤する時のクラウディア先生の服装は、丈の長いローブを腰の位置に太めのベルトで締め、ドレス状にして着こなしていた。セリーヌに「いつものように胸元を開けますか?」と聞かれ、胸に布を巻いているし肌を見せるのは落ち着かないから、襟はハイカット。首元にはレースのクラヴァットをあしらうカッコいい装いにしてもらったのだった。
「お嬢様、今日の装いは一段と素敵です~~!」 セリーヌが服装を思いっきり褒めてくれたので、何となく今日は幸先のいい一日になるような気がしてきた。転生した私にとっては初めてとなる出勤日だったのでかなり緊張してる……何とか上手く乗り切れますように――――
そんな事を祈りながら馬車に揺られていると、小一時間ほどでドロテア魔法学園の入口に着いたので、馬車はゆっくりと停車した。
「着いたわね。さぁ、いざ出陣よ」 誰もいない馬車で独り言を言いながら馬車をおりると、目の前にはゲームで散々見ていた、あのドロテア魔法学園の美しい校舎が広がっていた。 「……本当にあのゲームの世界に転生したんだ…………」 改めてその事を実感し、しみじみと呟いてしまう。 馬車が停められた場所は生徒用の入口ではなくて、職員用出入口の門の前だった。ドロテア魔法学園がある王都には外から魔物が入ってこない為の強力な結界が張られていて、この魔法学園も生徒が安全に通えるようになっている。
ここでしっかりと魔法を学び、外にいる魔物を魔法や武器などで根こそぎ倒していく爽快なゲームの世界…………いざ自分が転生してみて思ったのは、これから先、魔物との戦いが待っているかもしれないって事よね。
最初はそうなる事に頭が痛いと思っていたけれど、体を鍛えて魔法も使いこなせるようになった今は、ワクワクしている自分がいる。
もともと体育会系な気質だしアクションゲームも大好きだったので、自分がその世界で魔法を縦横無尽に使って戦えるなんて、想像したら気持ちが上がってしまう。常に危険と隣り合わせかもしれない。でももうすでに1回死んでるんだし、やりたい事をして生きた方がいいわよね。
期待と緊張が入り混じりながら、校舎内に入っていったのだった。
まずは復帰した報告をしなければならないから、理事長室に行かなければならない。理事長室は学園のどの位置だったかな…………確か最上階の奥だったような……何とかクラウディア先生の記憶とゲームの記憶を頼りに歩いていると、無事に理事長室にたどり着くことが出来てドアをノックする。
――――コンコン―――― 「どうぞ」 中からシグムント王太子殿下の低い声が聞こえてきたので「失礼いたします」と返事をして静かにドアを開けた。中には理事長室の机で書類とにらめっこしている殿下と、その横には王太子殿下の弟君であり、この学園の校長でもある第二王子ダンティエス殿下が立っていて、さらに副校長のミシェル・ジョヴロワ伯爵令嬢も窓辺に立っていたのだった。
こ、これはお偉いさんが勢揃いってやつね……皆ゲームで選べるキャラクターばかり。思わず喉がゴクリと鳴ってしまう。
「長らくお休みをいただいておりましたが、今日から復帰いたします。ご迷惑をおかけいたしました」 私がそう言って頭を下げると、皆一様に驚いた表情を浮かべて固まっている。 クラウディア先生が頭を下げるなんてと思っているに違いない。でも私は部活動で礼儀を教えられてきた事もあり、こういうところではちゃんとした態度をしたいので、私は私らしくさせてもらう事にした。
「クラウディア先生、あなたは階段から突き落とされたと聞いています。今回のお休みも致し方ない事です、お気になさらずに」「ミシェル副校長、ありがとうございます」
副校長ってとっても優しい人なのね。見た目は真面目なキリッとした感じなので怖いイメージがあったけれど、全然そんな事はなくホッとして思わず笑顔になった。
「クラウディア先生は休んでいる間に随分印象が変わりましたね」 校長のダンティエス殿下がそう言ってニコニコしながら近づいてくる。そして私の肩に手を置いたかと思うと、耳元に顔を近づけて囁いてきた。
「君がいなくてとてもつまらなかった、待っていたよ」 一瞬何を囁かれたのか分からずに固まってしまった私は、校長とクラウディア先生ってそういう仲だったのかと変な動悸がしてきたのだった。いやいや……クラウディア先生の記憶を辿っても彼といい雰囲気の記憶もないし、あまり関わっている記憶が見つからない。
ダンティエス殿下はシグムント王太子殿下に負けじと劣らずとてもカッコ良くて人気のキャラクターだったし、少し遊び人で悪いっぽい感じが物凄い女性人気だったはずだけれど、クラウディア先生はこの王族兄弟が物凄く苦手で、むしろ避けていたはず。 「おい、ダンテ」 シグムント王太子殿下の低い声がしてくると、ダンティエス殿下はおもむろに顔を上げて振り向き「なんでしょう、理事長」と続けた。ダンティエス殿下が離れてくれたのをチャンスととらえ、サッとその場から数歩移動して校長から距離を取る。
助かったわ…………理事長の方をチラリと見てほんの少しだけ頭を下げてみる。殿下が気付いたかは分からないけど、彼はふぅと一息吐いて話を続けた。
「…………とにかく生徒も待っている事だし、今日からクラウディア先生にはまた頑張ってもらう。誰かが君を狙っている可能性もあるから、くれぐれも気をつけるように」「その件に関してはまだ進展はないのでしょうか?」
「ああ、目撃者もほとんどいないんだ……もしかしたら目撃者がいても魔法で記憶を改ざんされている可能性もある」
「?!」
早歩きで庭園に向かうと、まだ授業中というだけあって庭園に人影はなく、静まり返っていた。 この庭園の少し奥に立ち入り禁止のチェーンがかけられていて、そこから先は一定の魔力量の者以外は立ち入る事は出来ない。 1~3年生の生徒が入ってしまっては大変だからだ。 4年生ともなると魔力量がずば抜けている生徒も出てくるので入れてしまう子もいるけど、入学当時から立ち入り禁止とされている場所なので近づく者はいなかった。 まさか私のクラスの生徒が入るとは思わなかった…………もしかしたら直接的ではないにしても課外授業での瘴気に中てられてしまったのかもしれない。 迷いの森とされているので、奥の方に入ったら見つけるのは困難だわ。 「それにしても入口付近で遊んでいたと聞いたけど、全然姿が見えないわね。まさかもっと奥に入ってしまったのかしら……」 「おそらく……入ってみようぜ、みたいな話をしていましたので。止めている者いましたが」 「なんて事……急いで捜しにいかなくては。私は少し入ってみるので、誰か先生方を呼んできてちょうだい!」 「分かりました」 一人の男子生徒が返事をしてくれたので、私は森に向き直り、意を決して入る事にした。 さすがに私の魔力量なら入れるわね。生徒でも入れたくらいだし、それもそうかと一人で納得する。 すると立ち入り禁止の鎖がある場所から少し入ったところに、カリプソ先生の後ろ姿が見えた。静かに、ただじっと立っているだけといった感じだったので不思議に思い、声をかけてみた。 「カリプソ先生?ここに風クラスの生徒が入ってきませんでしたか?」 私の声を聞いてゆっくりと振り返ったカリプソ先生は、いつものように可憐な笑顔でニッコリと笑ったかと思うと「いいえ、見ておりませんわ」とだけ答えた。 「そう、なのですか……失礼ですけど先生は、どうしてここに?ここは先生と言えども立ち入り禁止のはずです」 私は単純に疑問に思った事を聞いてみる事にした。 ここに入ってはいけないのは、何も生徒だけではない。たとえ理事長であろうとも入ってはいけないのに、どうして彼女はここで立っていたのだろう……私は自分で質問しておいて嫌な予感が止まらなかった。 『うふふっあなたを待っていたのですわ、クラウディア先生……待ちくたびれましたわ』 その声は、カリプソ先生のいつもの声
ダンティエス校長が去ったドアを見つめながら、そろそろ本気で自分の気持ちをジークに伝えないといけないなと考えをめぐらせていた。 今日課外授業に行ってみて、外の世界がここまで危険に満ちているとは思わず、自分の考えが甘かった事を痛感する。 中にいれば今は比較的安全かもしれないけど、それはずっと続くものではない。 このまま放置していてもゆくゆくは王都も危険な状況になってしまうのなら、この邪の気配の根源を消し去らなければ――――きっと私の力はその為にあるのだと思う。 色んな事にけじめをつけないと。 「ダンテが気になる?」 「わっ!」 すっかり考え事をしていた私のすぐ後ろからジークの声が聞こえてきて、驚きのあまり変な声が出てしまう。 恥ずかしくてゆっくりと振り返ると、真剣な表情のジークがすぐ近くに立っていた。 「ずっとダンテが去ったドアを見つめているから」 「いいえ、違うの。考え事をしていただけよ。これからの事とか色々…………」 「これからの事?」 この世界の事、ジークにどうやって説明をすればいいんだろう。ここはゲームの世界で魔王を倒さないと世界が危ない……なんて伝えたらさすがに頭がおかしい人間に思われるわね。 私は、言いたくても言えないもどかしさに苦笑するしかなかった。 「………………そうやって言ってくれないなら……こうするしかないな」 「え?」 彼が何を言っているのか分からなくて聞き返すと、ジークの瞳が怪しく光り出し――――思い切り脇をくすぐられてしまうのだった。 「な、何を!あははっやめて~~あはっ、うふふ、ふ、くすぐったいっ!」 「言う気になったか?君が抱えているものを私と半分こしようと話したばかりではないか」 くすぐりながらも真剣な表情で伝えてくるので、私は観念して自分が感じている事を話そうと決意した。 どの道言わなければならない時はやってくるだろうし、ゲームの世界であるという事は言えないけど、これから起こるだろう事案は伝える事ができるかもしれない。 「わ、分かったわ!話すからっ」 「よろしい」 すぐにくすぐるのを止めてくれたジークは、私の言葉に満足気だった……なんだかいいように流された感じがしなくもない。 満足気な彼の顔を見ながら若干私があきれ顔をしていると、突然彼の腕にすっぽりと収められてしまう。 そし
私はヴィスコンティ子爵家の一人娘、カリプソ・ヴィスコンティ。土魔法を得意とし、ドロテア魔法学園の養護教諭をしている。 身分は低かったけれど幼い頃、両親はこれでもかというくらい私を可愛がってくれたし、お姫様のように扱ってくれた。 私が4歳の時にお母様が亡くなり、それまではとても幸せだったのを今でも覚えている。 でもお母様が亡くなるとお父様が豹変し、私に厳しく当たるようになった。 私は最初、その理由が分からずとても悲しかったわ。お父様を恨んだ事もあったし、どうして私がこんな目に……と悲劇のヒロインのように思っていた時もある。 でも少し大きくなった時、お父様と誰かが話している声が聞こえてきた―――― 「ご令嬢はあなた様の娘ではないと?」 「あの者は妻がよそで作った子供で私とは全く血のつながりはありません。どうか引き取ってくれませんかね?」 お父様は何を言っているの?あんなに私を可愛がってくれてたじゃない。二人とも仲が良さそうだったし、二人の子供じゃないなんて嘘よ! 私は到底信じられず、お父様に詰め寄り、どういう事なのか説明を求めた。 すると信じられないような事を言い始める。 「お前の母親は私と婚約している時に私との子供が出来たと嘘を言っていたんだ。アイツが死んだ後に父親だと名乗る男がやってきた……そいつはお前の母親の邸に勤める使用人だったのだ。私はまんまとハメられ、お前を本当の娘として慈しんでしまった…………何の血の繋がりもないお前を私が育てる理由がどこにある?」 お父様はそう言うと、憎悪の対象を見るような目で私を見据え、顔を逸らした。 私は必死で泣きつき、とにかく役に立つから捨てないでほしいと懇願したのだった。 無様だわ――――でもまだ10歳にもなっていない私には、こうする他なかった。 私があまりにも必死で面倒だったのかは今となっては分からないけど、お父様は思い止まり、私を子爵家の令嬢として邸に置いておく事にしてくれた。 私はむしろありがたいとすら思っている。浮気した女、嘘をついて結婚した女の子供を貴族令嬢として生きる事を許可してくれたのだから。 この恩は一生かかっても返していこうと決意する。 使用人たちにどんなに冷たい目を向けられても、言葉を交わしてくれなくても、とにかく貴族令嬢として恥ずかしくないようにと色々な教育を頑
急いでリンデの森を離れ、王都に入るまでは皆緊張した面持ちだったものの、王都に入ったのを確認すると先生たちの表情も緩み、ホッとした顔をしていた。 そして学園に無事に着くと点呼を取り、生徒たちは課外授業から解放されて嬉しそうにそれぞれの教室へと戻って行った。 魔物化した男子生徒も校長と一緒の馬車に乗っている最中に意識が戻り、記憶もなかったようでケロッとしながらクラスに戻っていった。 自分がなぜ校長先生と馬車に乗せられているのか分からなかった男子生徒は、馬車の中で酷く動揺していたようで、校長からその話を聞いた時は思わず笑ってしまったのだった。 今回は終わるのも早かったし、これから課外授業の感想や意見などをレポートにまとめる時間が終わったら帰宅となる。 皆無事に帰ってくる事ができて本当に良かった。 「びっくりしましたわね…………まさかリンデの森があそこまで瘴気でいっぱいとは思いませんでしたわ」 生徒たちが教室に戻るのを見守っていた水クラスのラヴェンナ先生が私に声をかけてくれたので、全力で同意する。 「本当にそうですわね。人体に入るとあんな風になるなんて」 皆が到着した時に副校長のミシェルとジークも出迎えに来ていて、私の言葉にジークが反応してくる。 「瘴気が誰かの中に入ったのか?」 「え?あ、えーっと…………」 私が言いにくそうにしていると、横からゲオルグ先生が鼻息を荒くして当時の状況を語り始めたのだった。 「理事長先生!森に満ちた瘴気に侵された男子生徒が一人いたのですが、我々が魔物と戦っている間にクラウディア先生が変な力を発したのです。得体の知れない力です……これは危険な力かどうか、要調査の案件なのではありませんか?!」 「…………………………」 この人は力の種類を感じる事ができないのかしら……ジークはすぐに分かってくれたのに。どう頑張っても私の事が嫌いらしい。 転生して中身が違うとは言え、ちょっと傷つくわね。 そんな私の気持ちをすくい上げるかのように、ラヴェンナ先生がすぐに言葉を返してくれたのだった。 「あの力は危険なものではありませんよ?あなたは感じなかったようですけど……聖なる力ですわよね、理事長先生」 「ああ、そうだ。危険などと間違っても言ってはいけない」 「な、クラウディア先生に聖なる力?!そんなバカな……こ
すべて瘴気をのみ込んだ男子生徒は、さっきまでもがき苦しんでいたのが嘘のように突然静かになり、顔を俯かせてふらふらゆらゆらし始める。 そしてゆっくりと顔を上げると、目は白目のまま顔色は真っ青になり、顔中に血管が浮き上がった状態で肌は岩のようにデコボコになっていた……明らかに普通の状態ではない。 これは――――人の魔物化? 「ひっ」 「な、なんだよ、アイツ……」 「何が起こったの?!」 瘴気が見えない生徒たちは一様に混乱し始める――――私ですら混乱しているのに瘴気の見えない生徒たちはなおさらだわ。 「生徒たちは急いで馬車へ!」 ラヴェンナ先生は自分のクラスだけではなく、生徒全員に呼びかけ、避難を促した。 人にもこんな風に影響をしてしまうのを目の当たりにしたら、今日の課外授業は中止せざるを得ないものね。 「みんな急いで!」 引率の先生方で生徒を馬車に誘導していると、瘴気によって状態異常を起こしている生徒が一人の女子生徒に襲い掛かっていった。 「グガァァァァア゙ア゙!!」 「きゃ――っ」 「危ない!!!」 私が叫んだと同時に辺りが闇に包まれ、男子生徒が闇に包まれていく。 今は昼間よね?これは闇魔法? 女の子は襲ってきていた相手が突然いなくなってキョロキョロしている……暗闇の中、ダンティエス校長の声が響き渡る。 「[ダークイリュージョン]…………今は彼の周りも闇で覆っているので我々が見えていない。早く馬車へ走るんだ――――」 暗闇だけど馬車などの目的物は分かるわ。凄い闇魔法……! 女子生徒は必死に馬車に走っていき、他の生徒たちも順々に馬車に乗り込んだところでだんだんと闇が晴れてきたのだった。 どうやら状態異常を起こした男子生徒にだけ幻覚を見せる魔法みたいね。 突然目標物を失った男子生徒は混乱してキョロキョロしている。 男子生徒の後ろの方では魔物が量産されているし、男子生徒は瘴気に取り込まれているしこの状況をどうすればいいの…………私が考えあぐねている間に、他の先生達が私たちに襲い掛かかろうとしている魔物を倒すべく、走っていった。 私も何体かは風魔法で応戦したけれど、倒しても湧いてくるので埒が明かない。 とにかく男子生徒を何とかして学園に戻らなくては――――私は自分に出来る事は何かを考え、男子生徒を救う方に集中する事
馬車から一歩出ると、辺りは延々と森が広がっていて、何も感じなければ静かで空気が綺麗な森だった。 ところどころから差し込む木漏れ日は後光のようで神々しく感じられるし、生徒たちは森の清涼な空気を吸い込んで良い表情をしていた。 ここが普通の森なら私もそう思ったかもしれないし、皆と一緒に綺麗な森にうっとりしていたと思う。 でもひとたび馬車を降りたら、ここに蔓延する瘴気を感じて、一気にピリピリした気持ちになっていった。 これだけ溢れていると、そこかしこからすぐに魔物が出てきそうね………… このドロテア魔法学園というゲームはその溢れ出る魔物を次々と倒し、最終的に魔王を倒して世界に平和をもたらすゲーム。 魔王を倒すまでは瘴気は存在し続け、増えていく一方……最終ステージ前はかなりの村や街で被害が出ていて、一刻も早く倒さなければならないという状況になっていく。 今は深刻な話はまだ聞こえてこないので油断していたけど…… これは魔王がもう存在していると思った方がいいのかもしれない。 これほどの瘴気が溢れているのを見ると、その存在をヒシヒシと感じざるを得ないわ。 それにしても他の者には見えていないのかしら……周りの人たちを観察していると、見えている者と見えていない者で表情が全然違う事が分かる。 そして見えている者は明らかに少なく、数えるほどしかいないようね。 ラヴェンナ先生は見えているようで、口を覆うようにしながら生徒たちに遠くに行かないよう声をかけていた。 マデリンが慌てて私の元へやってくるのが見える。 「先生!このモヤモヤしたのは何?まとわりついてきて気味が悪いわ……!」 「マデリン、あなたも見えているのね。おそらく魔力量が少ない者には見えないのではないかと思うの。これは瘴気と言って邪の気配……人の中に知らずに入り込んでくる厄介なものよ」 「外の世界はこんなものが溢れているものなの?」 「こんなに溢れているとは私も思わなかったわ……瘴気が集まると魔物に具現化していくから気を付けて。みんなも離れないように!こっちに一旦集まって――――」 なぜ先生方が厳しい表情なのか、ほとんどの生徒は分からずにひとまず声をかけられたから集まったという感じだった。 でも一部の威勢のいい生徒は笑いながらなかなか集まってこない。 「早くこちらに集まるんだ!」